チカの挑戦:コーチングとの出会いで人生を変えた物語

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ご覧いただきありがとうございます!
今日は、私とコーチングとの運命的な出会い、
そしてわずか半年で私の人生が大きく変わったストーリーをお届けします。
気になる部分だけでも、ぜひ読んでみてください!

経歴

1992年 東京生まれ東京育ち。
2011年 都内の私立高校を卒業
2011年  私立大学 経済学科国際経済 入学
2014年 幼児教育専門学校夜間入学
2015年 大学卒業
2017年 専門学校卒業後 保育士として働く
2020年 出産を機に退職
2021年 フリーランスWebデザイナーとして働く

チカはこんな人です(他薦)

・笑顔が素敵だね、いつも笑ってるね
・とにかく優しいね
・芯の強さをもっている
・かわいいね、おしゃれだね
・がんばりやさんだね

モニターさんからいただいた声

・「子供がいるから」を言い訳にしてた自分と、過去のワクワクしていた自分に出会うことができました。
・ 自分が強みと思っていた部分よりも、もっと当たり前に思ってたところが価値があると言ってくださって、とても嬉しかったですし、自信につながりました!
・ 体温の話を忘れず、一歩踏み出すことから始めてみたいと思います。
・コンフォートゾーンを超えた未来を考えるって、いいですね。
・沢山確信的な大切なことに気づくことが出来る貴重な時間になりました。
・ 深い問いによって自分に入り込み、改めて自分がこの仕事に生きがいとやりがいを感じている
事を再確認することができました!こっからまたリスタートするきっかけになりました
・ ちかさんの優しさ溢れる笑顔の中に芯のある思いと言葉がすっごく響きました。

3分で分かるチカの人生

東京生まれ、東京育ち。3人姉弟の末っ子甘えん坊。赤ちゃんが大好きで妹や弟がずっとほしかったので最初の夢は幼稚園の先生。小学校では低学年まではまじめちゃん、高学年になると友達といることが楽しくなって先生に対して反抗するというものを覚えます。中学はヤンチャなこどもが集まるで有名な学校に入学。先輩にビビり、再び真面目ちゃんへ。真面目of真面目になりすぎて、学年no1の成績を修めるのです。きっと、推薦で偏差値の高い学校にも入れたはずだが、ビビリが邪魔して姉が行っていた大学附属の私立高校へ入学。高校ではバスケ部に入り、恋に部活に青春しました。とくに思い出に残っているのは高3のときの文化祭。クラスの中心人物となってお店を作り上げた経験がとても楽しかったことを覚えています。附属高校なのでエスカレーターで専修大学に入学。とくにやりたいこともなく人生の夏休みだと勘違いしてアルバイトや恋や遊びを多いに楽しんだ大学生。大学3年生の就活の際にようやく自分と向き合い始めます(遅っ)。小さい頃になりたかった夢を思い出し、自分が向かってる方向が違うことにやっと気づくのです。夢を仕事にするべきか、まずは働いてみるのが手っ取り早いと思い、保育補助のアルバイトで働いてみることに。私がダラダラ過ごした同じ1ヶ月で人間はこんなにも成長するのかと赤ちゃんから刺激をうけます。その体験から保育士になろうと決め、大学も卒業すること学費を自分で支払うことを条件に母親を説得し夜間の保育学校に入学。卒業後、保育園で1,2歳児の担任や学年主任を努め、出産を機に退職。幼い頃の成長は著しく尊いものだと理解していたので息子が3歳まで専業主婦でいたいと涙を流して夫に訴え専業主婦に。社会復帰をする際に、子育てをしながら私らしく働ける職業はなにかと考えWebデザイナーを目指しはじめます。合格率10倍のオンラインスクールを卒業しフリーランスのWebデザイナーに。多数のコーポレートサイトやLP、有名雑誌のWebデザイン、バナー制作などをしています。

プライベートでは5歳の男の子と0歳の女の子の母親で、自営業の夫と共働きで、協力しながら子育てしています。DIYや家具、レイアウトによって家が生まれ変わる経験をしてインテリアにも興味をもっていて、ファッションやインテリアなどお洒落をすることがとても好きです。

コーチングとの出会い

私がWebデザイナーで働き始めた頃、高校の後輩で事業をしている小島有司くんに「なにかお仕事がほしい」と連絡したことがきっかけでした。せっかくだからランチに行こうと誘ってくれ、10年ぶりに顔を合わせました。彼から受けるパワー、優しさ、強さ、かっこよさ、人生に対する熱量、何から何まで体全体が引き込まれていく感覚。「私はこの人みたいになりたい」そう一瞬で思ったのです。プロコーチとして働いていることを教えてくれました。コーチ?コンサル?なんの違いがあるの?スポーツならわかるけど職業のコーチって一体なに?無知なわたしの頭には「?」が浮かびまくりでした。

「あなたみたいになりたい」と志願したわたしに【チームが自然に生まれ変わる】という本をプレゼントしてくれました。

世にあるコーチングの多くは「傾聴」がベースの、カウンセリングにやや近いアプローチを取りますが、Mindsetのコーチングは、 have toを取り除きwant toで生きる人を増やすというものでした。have toにまみれていた私がwant toで生きれるなんてスゴイ!私が体現できたら、保育士時代にhave toにまみれていたお母さんたちを救えるじゃないか!そう感じたのです。

高額な受講費のためなかなか入学できずにいたのですが、お金の目処がついたので、約2年思い続けたMindsetに2024年4月やっと入学したのです。

スクールに来てから起きた変化

スクールに入学して最初の3ヶ月間は「自己適用期間」といい、自分自身の変革を行います。経歴ではキラキラ部分を抜粋して書きましたが背景はそんなキラキラしてるわけもなく真っ黒部分が沢山あります。ここからは私の黒い部分も含めてさらけ出していきますね!

Webデザイナーとしてお付き合いしていた業務委託をやめる

フリーランスWebデザイナーとして働くために、私はたくさんの業務委託をうけていました。いつの間にかそれ自体がわたしのhave toになっていたのです。つまりファイナンスのための業務になっていました。私の成果がでていたデザインってどれだろう?楽しく作ったデザインってどれだろう?自分自身に何度も問いかけました。サイト制作を楽しめていたときの条件は、ヒアリングから同席し、商品の思いをデザインに落とし込む時それから、コーポレートサイトやブランドサイトなど世界観を表現するサイトを制作する時でした。業務委託では継続的にお仕事をいただける安定はあるものの、降りてくるお仕事は好き嫌いに関わらず結果を残さなければなりません。世界観を表現をするというわたしのwant toとズレ始めてしまっていたのです。そのズレに気づいてしまったので、私は安定を捨てる決断をしました。一時的に収入は0になってしまっても心からやりたいと思える仕事だけをしたいと思ったのです。

余白がうまれるとなにか出会いがあるというのは本当なようで、その数日後、Webデザインの講師のお仕事のお話をいただき私はお受けすることにしました。講師経験などないわたしがいいのか?とドキドキするお話でしたが、成長を支援するというわたしの別のwant toを活かせるお仕事のお話だったので、お受けさせていただきました。

仕事のゴール更新、家族との関係の改善

私はコーチとのセッションを受けて「カフェをだしたい」という気持ちを思い出しました。時間があればカフェに行きたくなるし、行ったお店ではトイレがお洒落かどうかまでチェックする癖があるのです。わたしらしい世界観を表現するwant toをお店づくりや町作りに向けてみたいと考え始めました。お金もないしカフェ開業なんて、できるはずがないと諦めていましたが、お金はなんとかできることを知ったので、こんな理想があると自営業の夫に相談してみました。

うまくいくに違いないと意気込んでていた話し合いは難航し、いろいろ省きますが「離婚が最善なのではないか」という話にまで行き着いたのです。その時、ようやくいつも私を尊重してくれる夫に甘えていたことに気づくのです。私が意見を押し付けていただけで、話し合いができていなかったのだと気づいたのです。話し合えば喧嘩になるから諦めから承認をもらっていただけだったのです。そんな悲しい真実を突きつけられ、夫のやりたいことってなんだろうそれを応援したいと考えるようになります。

この話し合いをきっかけにわたしは仕事も子育ても家庭も諦めない「女性として咲き誇る_令和を生きる女性の理想になる」というゴールが決まるのです。

そのゴールを掲げた2024夏、私達家族は一皮も二皮むけはじめました。人前にでることが苦手な息子は大好きな太鼓を習い、人前で演奏を。数字もだいすきなので、そろばん教室にも通い始めました。好きなことが得意になって自信をつけいい男に変わっていっています。(生意気にもなってる)

0歳の娘は、保育園に通い始め、家族だけでない大人に可愛がられる嬉しさを味わっています。たくさんの刺激をうけてお話もアピールも上手になってきました。(我が家ではまだまだ小さい赤ちゃんなので癒やし担当)

夫とは家事育児分担を見直し、お互いの目標を応援し合えるようになりました。そして今では家族でカフェをだすための第一ステップを話し合い中です。

仕事と家庭のバランス

「自分自身が咲き誇る_令和を生きる女性の理想になる」というゴールを掲げた瞬間にわたしの克服するべき課題はなんだろう?と考えました。わたしは「育児」「仕事」のバランスが取れていないことに気づきました。私は、今を点でしか見ていないと感じ、人生を一つの作品として捉えるように変更しました。家族との時間や仕事のバランスを大切にするために、今は仕事はフルベットしない時期と決めたのです。しかしただ単に作業量を減らす(収入を減らす)のではなく、乳幼児の子育て真っ最中で、子育てを妥協しないながらにも、圧倒的な成果を上げると決断したのです。今の時代AIをうまく使いこなせれば圧倒的成果をだすのも夢じゃないと気づくのです。子育てと仕事の両立は挑戦的ですが、最新技術(AI)を使いこなし、母としても女性としても輝き続けることが令和を生きる女性の理想だとかんがえています。家族が私の目標や夢に納得し、共に支えてくれる存在になれるよう努力しています。数年先、さらには数十年先の未来を見据え、夫婦関係や子どもとの関係も大切にし、人生全体を一つの統一された作品として創り上げたいと考えています。これが、私の目指す「クロエ(咲き誇る)」という作品づくりです。

かわいいから大丈夫。

わたしはコーチとして最大の欠点がありました。それは、いい人ぶっているところです。相手に対して傷つけてしまわないか?と気にして優しい介入しかできなかったのです。それは優しさでもなんでもなく、本当は相手のためにならないのに。なぜできないのか、それは「自分に自信がないから」だと気づきました。「かわいいから大丈夫。」(本当に可愛いかどうかは問題ではないので置いておいてくださいねw)はわたし自身にかけるセルフトークです。「恥ずかしいこと表にだしたら周りにどう思われるんだろう」と思っていることも「かわいいから大丈夫」と言い聞かせて一旦公表できるようになりました。この記事がまさにそう。恥ずかしさをさらけ出していくうちに、自信がついてきて「わたしはわたし」というスタンスを持てるようになっていきました。

高い目標を設定すると、自然と自らの立ち振る舞いが変わっていきます。

自分らしさ、自分の良さを突き詰めていくことがキャリアのゴールになるのですが、同時に自らの至らぬ点を見つめ差分を埋めていこうとすることの大事さを学びました。

最後に:人生の鍵はあなたのポケットにある

「みてごらん、鍵は君のポケットの中にあるよ。君はただドアの鍵を開けて、自由になればいいんだ」これはコーチングの創始者ルータイスの言葉です。

30年間、刑務所で過ごしてきた自分を想像してみてください。30年後、誰かがやってきてこう言います。「ところで、なんで君はここにいるんだい?実は、君自身が自分を縛りつけて、幸せにならない選択をしていたんだ。一生貧しく、平凡で価値のない人生を送ると自ら決めたんだよ。でも、鍵はずっと君のポケットにあって、いつでもその扉を開けて自由になることができたんだ。」

衝撃が走りませんか?

私もわたしらしさを忘れてお金のためや上辺の人のためという考えに縛られ生きてきました。自分自身で別のチカを演じていたのです。コーチングと出会いやっと幼稚園の頃のわたしらしさを取り戻し主体的に生きていく準備ができました。

あなたらしさを開ける鍵も、ちゃんとあなた自身が持っています。その鍵を一緒に見つけませんか?すべてあなたの自由で、人生はあなたのものです。

でも、その道を一人で歩くのは、心細いものです。だからこそ、私のようなコーチを頼ってください。あなたの鍵を探すサポートさせてください!